歴史を知る「港へつながるまち、未来へつなげるまち石川町」

横浜の開港後、石川商店街の辺りでは港とまちをつなぐ運河交通の要として人や船・物で賑わっていました。今では、交通の変化により船から電車・車の時代となり、運河としての役割は終えましたが、その当時の運河と人々の生活とが身近であった頃の写真を集め、多数の店舗に展示し、商店街全体をギャラリーにして来街者や住民に歴史を知ってもらう取り組みをしています。

また、明治大学生による「石川町の歴史」をデジタルアーカイブスとして残すための調査・研究も進行中で、これにより元町・山手・中華街とは違った石川町独自の歴史を様々な人に共有してもらい未来につなげる活動を続けていきます。

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石川町 地名の由来

1233年のヨコハマ文書に平子郷内(たいらごうない)石川村の記録が残っています。

また、小泉八雲の書いた日本についての一部に「石川町」を「The Street Of Stony River」と紹介されています。古く石川郷といわれ、横浜村、堀の内村、中村を合わせて久良岐郡石川村、のちに分かれて久良岐郡石川中村となり、明治6年、町並みが整ったところで、石川町1丁目~7丁目を新設しました。(のちの1丁目~5丁目)明治22年4月1日、市町村制施工により今の石川町に 至ります。
そして、平成25年4月石川町商店街がアイキャナルストリートとして、石川町を未来へつなげる活動を続けます。